#72 Woman and Pearl 3

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#72 Woman and Pearl 3

真珠のことを知るたびに感じるのは、これほど身に着ける人を受け入れてくれる素材はないということです。海のもの、湖のもの。色、形、大きさ。それらが強さや優しさ、凛々しさとなって、様々な女性のパーソナリティに寄り添ってくれます。"わたしの真珠"との出会いを、多くの方に経験してもらいたい。以前にも増して、そう感じています。

4月、真珠養殖の現場を訪ねるため再び滋賀へ向かいました。1970年代には90件以上存在していた養殖業者も、今では数える程に。神保真珠商店の杉山さん曰く「今でも続けているのは、良い真珠を作りたいという熱意を持った方だけです」。

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「自分で言うのもなんだけど、初めて自分の取り出した真珠がすごく綺麗で、感動したんです。それが忘れられなくて」
この日訪ねたのは、最盛期から仕事を続けている女性の養殖家。長い下積みを経て初めて自身で養殖した珠を取り出した時、その美しさに感動したことが現在まで養殖を続ける原動力になっているといいます。
先代の後を継ぎ、養殖に携わり数十年。生まれてくる色が変わっても、確かに琵琶湖の真珠は心に響く、訴えかけてくるものを見せ続けているということを、彼女が証明しています。
「私の思う"にじいろ"。何色とは言えないけれど、そういうものを求めているんです」
真珠や琵琶湖の美しさもさることながら、その呟きが最も胸に残りました。

私たちが初めて目にした琵琶湖の真珠は、淡いモーヴやオレンジ、グレーがかったピンクを帯びたものでした。それらは新しい年代の真珠だということを後から知るのですが、アコヤ真珠のブルーとも異なる艶と色合いに惹き付けられたのを覚えています。[先のJOURNAL]で触れたように、琵琶湖ではかつての白い珠は採れなくなりました。しかし真珠養殖というものは、ありのままの自然と相対しながらの物作りです。琵琶湖の環境が健やかになることを願いながら、真珠の色にかかわらず質の高い真珠を生み出すことに養殖家たちは力を尽くしています。
貰い受けたバトンを、次は私たちが渡していく番です。

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単に品質だけを追求すれば、近年は海外の真珠も引けを取らないものになっており、琵琶湖生まれのものが絶対ではありません。しかしこれから連れ添う数少ない持ちものについて、それがどんな場所どんな想いで生まれているものなのかを知っておきたい気持ちが強くあります。自分の生まれ育った地に、美しいものがある。その嬉しさや誇らしさも含めて、私たちは琵琶湖の真珠で作ることを決めました。
そして携わる方々の顔が見え、気持ちに触れ、心してジュエリーに仕立てられるのもまた、幸せなことです。

私たちが装身具に期待するのは、身に着けることで何者かになることではなく、なりたい自分になることではないでしょうか。自分の思うにじいろを見つける。裏を返すとそれは、自分を見つめ、確立すること。ルーツやアイデンティティと繋がると、そこに装身具を身に着ける意味が生まれるのだと思っています。

弘 大石