#71 Woman and Pearl 2

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#71 Woman and Pearl 2

「この珠を、ヴィンテージパールと呼んでいます」
神保真珠商店の杉山さんは、そう仰っていました。琵琶湖が生んだ真珠のかつての姿です。
人類と真珠との出会いは、紀元前。アラビア半島のペルシャ湾や南インドで盛んに採集され、アレクサンドロス大王の東方遠征をきっかけにヨーロッパにもその存在を知られるようになりました。琵琶湖の真珠はそんなペルシャ湾の真珠に似ていたというから、その姿にはプリミティブな面影が宿っているのでしょう。

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淡水真珠は、海で生まれるアコヤ真珠と比べて汗などにも強いのだといいます。神保真珠商店の顧客が現役でお使いだというネックレスを見せてもらいましたが、驚くことに綺麗な艶を保っていました。持ち主が文字通り肌身離さず何十年も着け続けていたというのに、光は失われないまま。
3年もの時間をかけてゆっくり成長していく淡水真珠は、真珠を作る層が厚く締まる傾向があります。巻きが強い(=層が厚い)ほど照りが鈍い"底光り"は、淡水真珠特有の質感です。

杉山さん曰く「一緒にお風呂に入るくらいずっと着けてきた方の真珠も、全く綺麗なんです」とは恐れ入るエピソード。真珠のネックレスが、すっかり自分の一部となってしまったのだろうとも想像しました。

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自分を鏡に映した時、ネックレスがあると笑顔でいられたり、無いと心許ない気持ちになったり。何十年と着けていれば意識することも無くなっているかもしれませんが、お気に入りのものをずっと傍に置いておけるなんて、羨ましいことです。

ココ・シャネルの登場により女性のファッションは解放されましたが、およそ100年経った今でも女性たちはファッションと"自分らしい"生き方を模索し続けています。
シャネルが真珠のネックレスを日々纏っていたことを思うと、私たちも自分のスタイルにもっと自由を求めて良いのではと思えてきます。誰にとっても、装うことは自分らしくあること。真珠を眺めていると、どうにもそんな思いが湧き上がってきます。

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私たちが真珠のアイテムを思い描く時、イメージはいつも服装や髪型と一緒に生まれます。いつも髪をかけているほうの耳に、ひと粒のピアス。少年のようなTシャツの上にショートネックレス。どんな日のどんな服にも、ロングのネックレス。大袈裟ではなく、真珠の寄り添うスタイルは女の人の数だけ生まれます。真珠はどんな人にも扉を開いて待っている、宝石の中では稀有な存在だと思います。
真珠の首飾りはシンデレラになるためのものではなく、素敵な自分を生きるためのもの。舞踏会に行ける魔法ではなく、自分を作り上げる道具としての真珠であって欲しいものです。(つづく)

弘 大石